大切な気持ち


沈みっぱなしだった、ずっと。
特に何があったわけでもなくて
ぜんぶあたしの中で起こったことで
だからどうでもいいことなんだ。
忘れちゃってもいいことなんだ、きっと。

だめだ、
って言われてからずいぶん時間が経ったよ。
別にもう気まずくもないし
前と変わらずに友だちみたいに話せるけど
気持ちだって、あの頃と比べたら
きっとぐっと小さくなったけど
完全に消えちゃったわけじゃなかった。



「なーにやってんだ、よ」

頭の上から降りかかってきた言葉は
求めていたものじゃないし
求めていたひとのものじゃなかったけど
なんとなく安心したのはほんとうだったから
ありがたいっていうのは感じてた。

あたしのとなりに座って
何をするでもなくただそこにいる。
なんだよ、

「なんだよ」
「えー…ひどいね、何その言い方」

冷たい言葉を放っても
離れていったりしない、
放っておいたりしないんだ。

へらへらと笑ってそこにいる。

「ほら帰るよ、風邪引くぞ」
「お父さんかよ」
「そんな言葉づかいしないの!」
「あれ、お母さん?」

馬鹿みたいだね、
でもあのときとは違う気持ちだよ。
馬鹿みたいって言いながら
ちゃんと笑えるんだ。

「ほれほれ、ほんとに帰るよ」
「…ほれほれって」

笑うと、
馬鹿にしたなって言う。
してないよって言うと、
いやしてるねって言う。

よくある、くだらないやりとり。

どうしてこんなことで
笑えたり安心したりできるんだろう。

ずっとずっと想ってたひとじゃない
どうしたって忘れられなかったひとじゃない
でも、そのひとを忘れさせてくれるんだ。
きれいな思い出にしてくれるんだ。

あたしの気持ちを
その一途な気持ちはとても大切なものだ、って
顔に似合わない真面目な口調で
言ってくれるんだ。

忘れちゃいたいことを
でもほんとうは忘れたくないことを
忘れちゃいけない、って
大切に持っておきなよ、って
言ってくれるんだ。


ねえあたし
ようやく進めそうだよ。