おはなしきかせて


のりちゃん、


いつからかなんてわからないし
そんな事を考える必要もないと思うの

わたしを呼ぶその声が特別になったの

ありきたりなわたしの名前も
特別に輝いてるみたいに聞こえたの


お昼休みの廊下に響くわたしの名前
振り返ると向こうから秋山くんが走ってくる

わたしの前に立つと、ふう、と言ってにこりと笑った。

「のりちゃん、なんて呼ぶの秋山くんだけだよ」
「じゃあのりちゃんも俺のこと、あっくんでもあーちゃんでもいいよ」
「いやだそんなの」
「なんでー?」
「だって気持ち悪いもん」
「え、ひどくない?」

わたしが歩き始めると、秋山くんは
それはさすがにひどくない?と言って後ろをついてくる。
わたしは無視して、しばらくすると静かになる。
いじけたのかな、子供みたいだ。

「嘘だよ、あっくん」
「うわやっぱりいいや、気持ち悪い」
「うわ、ひどい」

秋山くんはふふんと鼻で笑って仕返しだと言った。

「わたしだってからかっただけだもん」

わたしがそう言うと、秋山くんは口を大きく開けて笑った。
秋山くんはよく笑う。
のりちゃんおもしろいって言って笑う。
わたし面白いことなんて言ってないのに。

「のりちゃんお話しよう」

そう言うと、秋山くんは
わたしの腕を引っ張って階段を上っていく。
いつもそうやって勝手に決める。
わたしの用事とか気持ちとかは関係ないみたいだ。
まあ用事なんてないけど。
お話も嫌じゃないけど。

秋山くんは階段の端に座ると、おいで、とわたしを呼ぶ。
わたしが隣に座ると、
ポケットからあめを取り出して、わたしにくれた。

なんのお話しようかな、
って言いながら口の中であめを転がしてる。
歯にあたって、から、ころ、って音がする。

階段の上の窓から見える、
空と裏山が夏の色をしてる。

わたしも口の中であめを転がす。
緑色のあおりんご味。

「じゃああめの話してあげる」

わたしがそう言うと、
秋山くんは、お、って目を大きくして、
すぐにその目を細くして、ききたーいと言った。
猫みたいだ。

「自分の好きなあめをね、好きな人にあげるの。
 それでね、受け取って食べてくれたら、恋がかなうんだって」

秋山くんは、えー嘘だあって言って笑う。
わたしだってそう思う。
でも、うそほんとうじゃなくて、
かわいい話だって思ったんだもん。

「のりちゃんは信じる?」
「えー…あめは、信じられないかも」
「じゃあおまじないとかは?」
「信じちゃうかな」

秋山くんは笑う。

「馬鹿にしてるでしょ。
 そうゆうのって失礼だと思うんですけど」
「してないよ、かわいーなあって思ったんだよ」

そう言ってまた笑う。
絶対馬鹿にしてる。

「だってそうゆうのないとやっていけないもん」
「え、なに、のりちゃん恋してるの?」
「秋山くんに関係ないもん」
「えーひどーい。俺、部外者? こんなに仲良しなのに」
「え、仲良し?」
「え!」
「仲良しでしたっけ?」
「のりちゃんほんとにひどくない? 俺傷つくよ、繊細だよ」
「秋山くんが繊細なら世界中の人みんな弱くなっちゃうよ」
「え、待ってよ、俺そこまで図太くないからね」

秋山くんの表情がころころ変わって面白い。
わたしが笑うと、秋山くんは
のりちゃんの笑い方ってかわいーよね、と言った。
こうゆうことさらっと言っちゃうから、
油断してるときに言うから、
びっくりしちゃうんだよ、
恥ずかしくなっちゃうんだ。

「見習わなくちゃ」
「えー気持ち悪ーい」
「ほんとに、気持ち悪いはひどい。それだめ!」
「だめ?」
「だめ!」
「よし! じゃあ秋山くんにだけつかおう」
「うわ!」

うそだよーって言って笑う。
秋山くんがわたしのまねをして笑う。
そんな笑い方じゃないけど面白いからいいや。

こんなこと言ったらね、
秋山くん調子に乗るから絶対言わないけど、
秋山くんといるときがいちばん楽しいんだ。

ずっと続けばいいなって思っちゃうんだ。


のりちゃん、

ほら、そうやって呼ぶから、うれしくなっちゃうんだ。
長い長い秋山くんの話を聞きたいって思っちゃうんだ。